株式投資記録

http://d.hatena.ne.jp/show_t/20170219 努力する人間になってはいけない。このブログでノウハウを集約、整理し、習慣化。それ即ち大儲けも習慣化! いつも心にセリクラを!!!   2018最終日 NK20014 TPX1494

勉強122 プロフェッショナルとは何か論

勉強●● プロフェッショナルに関する2つの見方

ブログ「芦田の毎日」では、卒業式辞としてプロフェッショナルに対する見方を紹介している。特に就職活動の現在という観点において、その解釈を捉え直したい。

■「正社員」とは何か。
それは会社から<人材>として迎えられる人。ここで言う<人材>とは<経営>に参画する要員として組織を担える人のこと。それがプロフェッショナルであり、組織の幸不幸を担える人である。

一方で、その反対はスペシャリストということができる。大学教授のように職能をもって独立している人のこと。組織を横断的にわたることができる反面、あくまで「部品」であり「使われる人」である。この人は高級なフリータでもあって、1000年働き続けようが組織を担えることはできない。

■引用

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プロフェッショナル−先にはなす、どんな現実にぶち当たってもそれにめげずに(原則)(鳥論)を保持しつづける(プロフェッショナル)こそが正直な人であり、組織の人望を集める人、組織を担える人なのです。

プロフェッショナルの語源は「信仰告白」のこと。誰にも強制されず、自分の内発的な意志として発言するということです。いわば純粋な告白です。それは、<原則>先にあるものを保持すること、さらすことを意味している訳です。告白できる人、それはつまり正直な人。
目の前の仕事ができるだけでは正直にはなれません。どんな現実にぶち当たっても、それにめげずに<原則>(と理論)を保持し続けるプロフェッショナルこそが正直な人であり、組織の人望を集める人、組織を担える人なのです。

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このプロ論には、学ぶべきところが多くある。が、しかし、現実問題として「企業が採用したい学生像」を考えた時、「勉強している人」が好まれるとは言えない。なぜだろうかか。本来の意味でいえば、しっかり勉強している人ほど企業の採用基準(原理を持って、企業の成長のために勇気を持って発言できる才能がある)を満たして採用されるはずなのに。その理由を企業側と学生側の両面から仮説を立てた。

(企業側)
最悪、勉強はしていなくてもいいが、商売なんだから、気が利かないと話にならない。だから、リーダーシップや、面接で良い雰囲気を演出できること、しっかりやりきる経験を求めるのだ。
最低限の気がきかない人のイメージを上げる。機転が利かない人、ワガママや論理のみに偏狭する人。要するに愛の無い人。
この領域に一種の難しさがあるのは、文字ではなく体感値でしか身に付きづらいからだ。提供側の視点でいうと「教育目標」が存在しない。

(学生側)
本当の意味で「勉強」している人は減っている。社会全体が豊かになったため、研究者数は変わらないかもしれないが、専門をつつく人間、機能主義的な意識のみで勉強する人間が多いのではないか。本当の意味での勉強<全体>を勉強する人は減っている。だから、企業が欲しがる勉強レベルに達していない。(芦田先生曰く東大でもまだまだ)

余談だが、欧米(米はどうか分かりませんが、よく聞くのは特にヨーロッパ)では、歴史を勉強していないと大企業のトップはつとまらない。歴史学もそうだが何かしらの学識が求められます。だからこそ、経営者の修士の比率が多いという話もききます。

だから、プロフェッショナルとは単なる機能主義にはならずに、専門性や必要には思えない領域の勉強をすることで他者への関心を育てられる人間のことです。仕事においては目の前の仕事を広く深くとらえていくようにすることが大事である。そのためには出会いに近い"覚醒"が必要だが。

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ただの<顧客>と話すのではなくて、従業員、クレーマー、世間、同業他社のトップなどと話をしないといけないのです。その意味では、より普遍的な話を求められる用になるだろう。